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 柴山一幸の作品に触れるたび――といっても、10年以上のキャリアにおいて今作で4枚目だが――このソングライティングとアレンジ・センスをして、“ポップ職人”あるいは“ポップ・マエストロ”などと呼ぶことに大いに抵抗を感じる。無論、柴山の作品の根幹をなしているのは、史実にのっとった折り目の正しいポップスのマナーであり、その敬意の表し方といったら、あまりにも眩しいくらいにストレートでロマンティックで…。ポール・マッカートニー直系として紹介されることも少なくないのもある意味で当然のことと言える。

 だが、ともすればそれは一定のスタイルを踏襲することへの揶揄として解釈されることもできるわけで。しかしながら、柴山一幸の作品に対してはそうした揶揄は全くふさわしくないのではないか、と毎回作品を聴くたびに感じてきた。なぜなら、柴山がポップスのマナーに向き合うことは、歴史を上書きしていく作業に他ならないからだ。アクロバティックなスタイルではないゆえに先進性が欠落しているようにも見られがちだが、じゃあ、例えばプリファブ・スプラウトは保守的な音楽か?と問われれば、恐らくそうではない、という答えが誰からも返ってくるだろう。それどころか、ポップ・ミュージックのフォルムの完成形に厳然と常に向き合い、葬り去られようとしているプロセスから引き戻してきて解体する作業を積極的に行なっている。その作業を一体誰が、単にマエストロや職人と一刀両断にできようか。

 これまでの柴山のペースから考えても、僅か1年程度の間隔で新作が届けられるということ自体が驚くべきなのだが、このニュー・アルバムではそうしたポップ・ミュージックの完成形の更新という攻めの姿勢が見事に現れている。ヴォーカル、ギターの柴山を中心とした5人のバンド編成に、トランペット、トロンボーン、サックスをふんだんに加えた演奏アレンジの基本は、親しみやすいメロディとハーモニーを生かした、一切の衒いと邪気のないものだ。小坂忠の「機関車」のカヴァーも、原曲のメランコリックな良さをしっかり引き継いだ、甘さ控えめなカントリー・タッチが旋律そのものを際立たせている。柴山のヴォーカルはそもそもが言葉をハッキリと発音するスタイルだが、それはつまり逞しさとしなやかさを併せ持っている、ということだ。そうした歌の強さを武器に、彼はポップスという既に出来上がった概念に一つ一つ息吹を与えていく。その行為こそが、柴山のポップスの更新作業であり、あくまで自身の歌、メロディ、ハーモニーの強さをどこまで引き立たせていけるかへの挑みではないかと思うのだ。

 そもそもがポップ・ミュージックとは、歌がそこにあり、いや、歌そのものがなくても歌心やメロディへの希求がそこにある大衆音楽だという前提で、ギターを手にし、マイクに向う。柴山一幸とはそんなシンガー・ソングライターだ。その前提への忠誠があまりにもロマンティックであるがゆえに職人気質なイメージを背負わされてしまってきた。だが、この『君とオンガク』と題された、これもまたあまりにロマンティックなフェイス・トゥ・フェイス・ミュージックを前に、私は今一度、そんな言葉を強く翻したいと思う。

 柴山一幸は発注通りに従う職人でもマエストロでもない。おそらく世界一わがままで面倒くさい表現者である、と。ポップ・ミュージックをポップ・ミュージックとして歴史を上書きしながら自己表現するこんな面倒くさい作業をしている人がどこにいるだろうか。

2014年3月

岡村詩野